藍瀬智歌

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むにゅむにゅセグメンテーション

 弱いことは、罪ですか。 病院のベッドで明け方を待っていた。点滴が落ちる。逆さまに取り付けられた透明なパックは決まったときに決まった量だけの液体を送り込んでくる。送られる側の事情なんかお構いなしだ。何があろうと冷静沈着で慌てることがない。時間と同じだった。針を肘のあたりに刺され、問答無用に無色の時間を流し込まれている。 仕切りを隔てていびきが聞こえた。佐野さんだ――40代で、3人の子供がいる。いちばん上の子供は私と同い年だった。中学2年生。何度か見かけたことがある。佐野さんと同じ眼のかたちをした、優しそうな男の子。でも毎日お見舞いに来るのは子供たちではなく若い女性だった。茶色の髪を後ろで束ねた美しい人で、グレーのチェスターコートを着て来ることが多かった。「わたしのパートナー」と佐野さんは嬉しそうに彼女のことを語った。分厚い眼鏡をかけていつも眠そうな佐野さんが、彼女の話をするときはきらきらと眼を輝かせ楽しそうにしていた。恋してると一目でわかった。遠い異国の話を聞くように耳を傾けながら、自分のパートナーのことを考えた。佐野さんには話せない内容だった。それに、私のは恋でもなんでもない。 胸の痛みは少しずつ治まり、やっと、消えた。大きく息を吐く。幼いころから病気がちだった。夜中に突然高熱を出して病院に運び込まれたり、遊んでいる最中に意識を失ったりして、気づいたときには病院のベッドにいてベージュの天井を見上げていた。両親は共働きで生活に余裕はなかった。「気にしなくていいの」と母親は言ってくれるけれど、私の入院代と薬代に費やされた金額を考えると申し訳なさで頭が上がらない。医者によると私の免疫力は一般の人々よりも低いらしかった。一時的なものではなく場合によるとずっとこのままかもしれない。その事実は私を打ちのめした。強くなりたかった。弱いままでいたくなかった。 カーテンに仕切られた病室から、窓は見えない。まだ朝は遠かった。「彼女」はどこにいるんだろう。何をしているんだろう。私にはわからない。右の掌を顔にかざしてみる。人差し指の付け根から斜めに切り傷が走っている。闇の中でもその傷は白く鮮やかに浮かび上がるのに、私以外の誰にも見えないらしかった。ナイフが私の肌に深く食い込んでも血は流れなかった。痛みはなかった。顔を顰めていたのは「彼女」だった。床に滴る血は「彼女」のものだった。              ☽ 焼け野が原で三日月を仰いだ。焦げた草の匂いが漂う夜に、言えなかった言葉を何度もひとり呟いていた。 そんな記憶がある。 もちろん、本物の記憶の筈がない。「彼女」はカユキから出たことがなく、人口200万ほどのこの都市に焼け野が原は存在しない。見渡す限りのすべてが燃え尽きていた広大な平野はどこにもない。 だからこれは夢なのだろうと「彼女」は判断する。「彼女」は夢を見ないから、他の誰かの夢。「彼女」を生み出した病室の女の子の夢かもしれないし、「彼女」がナイフを突き立てた他の女の子の夢かもしれない。わからないこと、知らないことは多い。なにしろ「彼女」は生まれて1ケ月も経っていない。 満ち足りた表情で眠る女の子に毛布を掛けてやり、「彼女」は微笑む。1日の中でいちばん好きなのはこの時間だった。さっきまで泣き腫らしていた女の子が落ち着きを取り戻し、穏やかな寝息を立て始める。そのあどけない寝顔を見るのが「彼女」は何より好きだった。安心できた。自分がやっていることは――自分の存在は間違いではないと確信できた。 左手首のあたりから淡い緑色の光がゆっくりと2回点滅した。回収完了。「彼女」が手首に巻いたリストバンドがそれ以外の信号を発したことはない。簡単な作業だった。柄のないナイフを握り、悩みを持つ女の子の二の腕から肘にかけて刃を滑らせる。皮膚の表面を薄く削る。痛みもなく傷も残らない。実際に削っているのは皮膚ではなかった。むにゅむにゅだった。本当の名前は知らない。ナイフが女の子たちの肌を撫でると刃から液体が滲み、球体になる。ビー玉程度の大きさで、触れると柔らかく凹み、指を離すと元に戻った。ゴムのようだった。「彼女」はそれを「むにゅむにゅ」と呼んでいた。いつだったか、回収対象の女の子に頬を指でつつかれ「むにゅむにゅしてる~」とからかわれ、抱き付かれた。その記憶が胸の底に熾火のように残っている。回収が終われば女の子たちの記憶から「彼女」の存在は消されてしまう。だから覚えているのは「彼女」だけだ。「むにゅむにゅ」に触れていると心がじんわりと温まるように感じる。失いたくないと――利用されたくないと思う。 でも、その願いは叶わない。 立ち上がる。窓際まで歩いたところで振り向いた。女の子に目覚める様子はない。自分が何を言おうとしたのかわからないまま、開きかけた唇を固くぎゅっと結ぶ。焼け跡に昇る三日月が脳裏を過ぎる。 「むにゅむにゅ」を集めるのが「彼女」の仕事だった。すくなくとも、男はそう「彼女」に説明した。太陽系マーケティング日本支社担当だとか言っていたが、覚えていない。「彼女」にわかるのは、自分が影だということだった。「彼女」の元になった存在はいまも病院のベッドにいる。男は入院中の女の子のコピーとして「彼女」を創り、ナイフを「彼女」に握らせた。「肉体のコピーはちょろいんやけど、心の方は難しかとです」変な日本語とアクセントだった。「そやけん、このナイフを使いますー」 男と「彼女」の前で、女の子は戸惑った表情を浮かべていた。それはそうだろう。夜に突然男が現れて契約を迫り、自分そっくりの存在が生まれたのだ。男が女の子にどんな説明をして契約を結んだのか「彼女」は知らない。「パートナー」だとか「心の繋がり」だとか言っていたようだった。 男に指示に従い「彼女」は女の子の掌に刃を走らせた。でも顔を歪ませたのは女の子ではなく「彼女」だった。溢れる血を押さえていると男は「上出来たい」と満足そうに笑った。「痛かでしょ? そいが大事なん。そいがこん仕事でいっちゃん大事なこと」 痛みに呻く「彼女」に女の子は「大丈夫?」と声をかけた。頷く。心配しないで。そう返事をしようとして、できなかった。女の子の傷、そして痛みを自分が引き受けている。そのことをどう受け止めればいいのかわからなかった。入院している自分に会ったのはそのときだけ。自分が生れたときだけだった。また会いたいとは思わない。その必要もない。お互いにお互いの感情を知ることはできないけれど、繋がっている。右の掌に残った白い傷跡。それで十分だった。「あなたのお仕事は、聞くこと」病院から出ると男は「彼女」に説明した。「あなたは何も話さんでよか。聞くだけ。そいがあなたの仕事。相手はあなたを一時的にお友達の誰かと思っとるけん、不法侵入して警察呼ばれることもなか。グッドね。すばらしー。んでんで、タイミングを見計らって、こんナイフで相手の皮膚の一部を削り取ると、あら不思議! なんかぽわーって出るけん。そいば回収して。あ、こんナイフで切っても血は出らんし相手ば傷つけたり痛い思いさせることもなかけん大丈夫よ。平和」 グッドね、すばらしーと手を叩く男に「彼女」は「説明がぽわーっとしてるんですけど」と抗議した。無視された。ため息をつく。「回収してどうするの?」「むふふふふ。そこ聞いちゃいます?聞いちゃいますかー。あのね、クライアントがいま求めてるのは地球人の、特に思春期の女性の感情。そいつを元に企画立案すんの。退屈な会議、ブラック的なザンギョー、犠牲にされる家族との時間、お互いの足を引っ張りまくるコンペ、そんな有象無象を経ていろんな商品が作られて売られるわけよ。んで地球人の女の子たちに売るわけ。たくさん売るためにはまず情報ば集めんといけんし、セグメンテーションに応じた戦略も立てんばいけん。頑張れ宇宙のビジネスマンー」 男が何を言っているのか「彼女」にはほとんど理解できなかった。要するに「彼女」は女の子の話を聞けばいいということだろう。「あ、言うの忘れとったけどコピーされた肉体って賞味期限3ヶ月なんよねー。賞味期限?寿命?じゅげむ? 冬が終わるぐらいやね。春が来たらあなたは消える。消えます。ぽんっ! やけん、それまで頑張って働いてね。きりきりぐるぐる社畜になってねー。労働ってすばらしー」 男は「ぐっどぐっど」と笑いながら立ち去った。3ヶ月。「彼女」にとってはなんでもないことだった。それはいい。でも、仕事に慣れるにつれ、理解が進むにつれ、「彼女」の回収したものが商品に変わることに対して違和感を覚えるようになった。「彼女」に打ち明けられるひそやかな呟きを利用されたくなかった。消費されたくなかった。感情は本人だけのものだ。でも、「彼女」に選択肢はなかった。本人の預かり知れぬどこかで日常生活がデータ化され、数値となって、資料として会議室で配られる。現実は宇宙の片隅で色分けされた箱のひとつに収納される。顧客分類。セグメンテーション。 剥き出しの刃を握りしめる。痛みはいつも「彼女」の側にあった。 その日の仕事もいつもと同じだった。「彼女」は夜空を背にして部屋に立った。ぬいぐるみだらけの部屋だった。テディベアはもちろん、様々な動物のぬいぐるみが所狭しと並べられている。十二支が勢ぞろいしているんじゃないかと「彼女」はさりげなく確認した。猿がいなかった。女の子と「彼女」を猿にカウントするなら十二支オールスターがここにいた。 女の子は友達と喧嘩したらしく、何度もスマホに文章を打ち込んでは消すのを繰り返していた。軽いウェーブのかかった黒髪が肩に垂れている。ため息と一緒に前髪が揺れた。机に置かれた教科書を見ると、女の子は中学2年生のようだった。「彼女」はリストバンドに触れた。オレンジの光が点滅し、女の子が顔を上げた。「彼女」を見る。表情は変わらない。ただ、瞳から色が失われていた。「彼女」は待った。待つことには慣れていた。それは仕事の一部でもあった。沈黙を享受すること。共有すること。慣れ親しんだ沈黙のなかで、女の子はうりぼうのぬいぐるみを抱き寄せ、「あたしが悪いの」と小さな声で打ち明けた。友人に彼氏ができたこと、その彼氏は女の子の幼馴染だったこと、ふたりとも大事な存在なのに自分だけ置いてけぼりにされる気がして、嫌な気持ちになること。そのせいで彼らに対して冷たく当たってしまったり心にもないことを言ってしまう。「最悪だよね」 女の子は俯き、唇を噛んだ。「彼女」は何も言わなかった。ただそばにいた。女の子の手を握り、眠るまで一緒にいた。部屋の電気が消えて白い光が女の子の肩を掠めた。やがて音もなく窓が開き、閉じた。風は微かに薄氷の薫りがした。              ☽ 桜の花が風に煽られ、春の陽射しに身を投げ出した。日中の病院は騒がしい。美術館や図書館の方がずっと静かだ。でも美術館に入院患者がずらりと寝ている光景は異様だった。死体安置所のようだった。 昼食が片づけられ、診察も終わって私は時間を持て余していた。かと言ってどこに行く気にもなれずイヤホンで音楽を聴いた。叫べない私の代わりに叫んでくれる誰かがいる。 佐野さんがいたベッドにはいま別の女性が横たわっていた。佐野さんは2週間前に退院した。「わたしのパートナーが『退院の前祝いに』って、これをくれたの」 そう言って嬉しそうに佐野さんはネックレスを見せてくれた。氷をかたどった青い石のネックレスだった。「素敵ですね」 口に出した瞬間、どこかで見た覚えがある――そんな気がした。見てはいないけれど「知っている」。「ありがとう。ちょっとわたしには若過ぎると思ったんだけど」「そんなことないです。似合ってますよ」 佐野さんは照れくさそうに「ありがとう」と微笑んだ。「女性の中の少女」をテーマに作品を創っているブランドらしい。胸の奥が疼いた。欲しいとは思わなかった。ただ、懐かしいと感じた。 窓の向こうに広がる青空はどこまでも無垢で、傷ひとつなくて、私は眼を伏せてしまう。右の掌に白く残る傷跡を見る。いつどこで出来た傷なのか覚えていない。でも、時々、夢を見る。焼け野原に私によく似た少女が立っている。彼女は柄のないナイフを握りしめ、ひとり痛みに耐えている。夜風が吹いた。ナイフが地面に落ちる。彼女の姿はもうどこにもない。日にさらされ、雨に打たれて、刃は錆びる。なまくらの刃物を拾う者はいない。焼け野原で錆びた刃は忘れられるだろう。 退院できる日はまだわからない。私は弱く、無力で、ひとりだった。そんなときに掌を見つめる。すこし手を内側に寄せると白く尖った傷跡が歪んで、三日月を思わせた。それを見ていると、まるで誰かに手を握ってもらうように安心できた。 固く手を握りしめる。私の内側に三日月がある。それは私だけの月だった。他の誰も知らないことだった。風が吹き、桜が舞う。私はイヤホンを外した。

 眼の奥に燃えさしの木片があるようだった。瞼を覆った手は熱く、皮膚を通して木片の燃えるちりちりという音が伝わってヒロモギは涙を流した。哀しいわけではない。木々も紙も火を付ければ煙が出る。この涙は煙だとヒロモギはひとりで結論づけ、深く息を吐いた。灰になるまで待つしかない。 ヒロモギが衛士の任に就いたのは1ケ月ほど前だった。門前の梅の枝にはまだ蕾はなく、雪まじりの風がヒロモギの黒髪を冷たく乱した。やんごとなきお方のため、お屋敷の前で番人を務める。それがヒロモギに与えられた職務で、それ以上のことは何も教えられなかった。お屋敷の中はどうなっているのか。どんな人間が暮らしているのか。なにひとつ知らない。衛士たちは屋敷から離れた小屋で寝泊まりし、交代で門に立った。彼らと屋敷の人間が言葉を交わすことはなかった。 春になれば故郷に帰れる――ヒロモギにとってはそれだけで十分だった。 十分なはずだった。 屋敷からも小屋からも離れた小高い丘でヒロモギは乱暴に頬をぬぐった。抜けるような青空が眩しく鬱陶しい。夜通し番をつとめたので出来れば小屋で眠っていたかった。でもひとりになれる場所はここくらいしかない。 夜は良かった。かがり火を見るのは好きだった。揺らめく炎を何時間でも見ていられた。そんな彼を他の衛士たちは「炎に憑かれてる」とからかった。そうかもしれなかった。朝が来て陽の光が世界を隈なく照らし出すとヒロモギは抜け殻だった。集中力を欠き、物思いに耽ることが多かった。見かねた監督役がヒロモギを夜番専任にしたほどだった。 丘からは小屋と屋敷が見渡せた。屋敷には離れがあり、倉庫があった。敷地はヒロモギの故郷の村よりも遥かに広い。このような屋敷を持つ人間がどんな生活を送っているのかヒロモギには想像もできなかった。鳥の声を理解しようとするのとおなじだった。それでもあの日屋敷から出てきた少女のことを思うたび、眼の奥で木片が燃えた。 あの日――夜も更け切ったころ、門が内側から開いた。衛士は二人一組で門前に立つ。でもヒロモギの同僚は塀に凭れかかりいびきをかいていた。賭けに負けてやけ酒をしたらしい。門が開ききっても同僚は目覚めなかった。 門から顔を覗かせたのは銀髪の少女だった。少女はあたりを見回し、ヒロモギと眼が合った。「あなたのお仲間、寝てるよ。いいの?」 砕けた態度で少女が訊ねた。「よくないです」 ヒロモギが答えると少女はおかしそうに笑った。「よくないのに放っておくなんて、あなた、悪い人だね」少女は戸惑うヒロモギに構わず「あたし、悪い人って好きだよ」そう微笑んだ。 言葉に詰まったヒロモギに少女は「だからね」と続けた。「あたしのことも放っておいてね」 門を閉めて少女は夜へと一歩踏み出した。駆け出そうとして振り返る。「さよなら、悪い人」 少女が走り出す。かがり火の向こうへ、夜のずっと先へ、小さな背中が見えなくなる。同僚が「うーん」と間抜けな声を出して「寝てた」と言わずもがなのことをいった。「なあ、なんかあったか?」「なにも」「――だよなあ。頼む、俺はもう少し寝るわ」 同僚がまた船を漕ぎ、ヒロモギは少女の声を思い出した。悪い人。 翌日、ヒロモギたちは監督役から昨晩屋敷から抜け出した人間がいないか尋ねられた。何も見なかったとヒロモギと同僚は答えた。それ以上の追及はなかった。数日後、やんごとなきお方の娘がたびたび屋敷を抜け出すこと、数日たてば戻ってくること、今回も戻ってきたらしいことを風の噂で聞いた。「男がいるんだろうな」と話す仲間たちの会話にヒロモギは加わらなかった。ただ、少女の顔と声が脳裏から離れなかった。音が消えなかった。 ちりちり。 春が訪れ、ヒロモギの任期は終わった。給金を受け取り、簡単に荷物をまとめるとヒロモギは丘に立ち寄った。丘では桜が咲き始めていた。屋敷を眺める。 ここから離れれば、故郷に帰れば、疲れも取れるだろう。仲間たちはそう声をかけてくれた。炎からも解放されるさ。 炎。 揺らめく炎に重なるのは少女の顔だった。舞い上がる火の粉に少女の髪が揺れた。燃える木片の音は少女の声だった。 少女は炎だった。 日が昇り、オレは灰になった。夜通し燃やされ続け、それでも足りず、炎を求めた。――お前は炎に憑かれてるんだよ。 憐れむような仲間たちの視線。そうだ。オレは憑かれていた。病気だった。でもこれからはまともな自分に戻る。 まだ色のない桜の花に触れる。ほの白く、冷たい、花。ヒロモギは指に花を乗せるようにしてそっと口づけた。風が吹く。 さよなら、悪い人。 声が聞こえた。風に騒ぐ花々の声かもしれなかった。ヒロモギはゆっくりと丘を下ると顔を上げ、眼を細めた。眼の奥で木片が燃え始めていた。◆百人一首アンソロジー さくやこのはな参加作品◆〇四九(大中臣能宣朝臣)みかきもり 衛士のたく火の 夜はもえ 昼は消えつつ 物をこそ思へ

紙の蕾を濡らすのは

胸骨が軋む冷えてく夜はずっと夜のままだよ触れてもいいよ太腿の付け根で君の唇は「雨」と何度も繰り返してたひらかれて無数の傘が海という海に浮かんだまぶたのうらで心音は帰るあなたの足音をこだましとんとっとんって、とんって、なお薫る性欲性愛的なもの深夜に「燃えるごみ」として出す涎垂らすあたしの寝顔の写メ寄こし「竜の涎」と書くか勇者よふーん同窓会でそっか良かったですね ねえこのカフェオレぬるくないですかコンビニのカラーボールを君の背に投げたい午後だ眩しい青だ東京は湿度高いね君のふぐりもおへそのなかも洗ってあげる慣れていくことを怖いと思わずに今日もイヤホン絡まる鞄足指の隙間がとても冷えるから時々君に会いたくなるのおひさまの薫りの毛布にくるまってふたりで孵化の真似事をするお互いの足が触れ合う 湖に沈んだ靴はマネキンのもの絨毯に落ちまくってるふたりの毛冬眠明けのケダモノ二匹フレルナと書いてあるのにさわるから星座消えてく 終わるの。すべて。くもりぞらを映したクモリガラスを映して曇るあたしの瞳夕暮れはもう少し先 攣りかけた太腿伸ばし深呼吸する幸せを押し付けないで理科室で蛙の次に解剖《ばら》されたいの?ひとりずつ優しい人からいなくなる歩道橋から見ていた花火電線した月 あたしたち答え合わせのつもりで、したのずっと誰かに見つけて欲しいと願ってた 海月が海に溶ける静けさ寝たい眠れない泣きたい泣けない最後のチョコは溶けてたぐにゃり折紙を刻んで雨と主張するあたしの横で君の折る花終わるまで小石や街路樹に変わる ガードレールを君は抱いてる玄関で君はあたしを見なかった潰れた紙の鳥を見ていたさようなら、ごめん、別れの言葉っていつも同じで、月も、あ、落ちた目覚ましよ凍れあたしの後悔と睫毛とあーもうその他もろもろひどい顔してる鏡のあたしだった人あたしに戻せるあたしが嫌い「覚えてるものならなんでも折れるんだ龍も蕾も花も嵐も」残された紙の蕾を濡らすのは花になれずに刻まれた雨

プレイバック

 毎日セックスだけしていたい。難しいことなんか何も考えたくない。親のこと、お金のこと、将来のこと、ぜんぶぜんぶ忘れてしまいたい。馬鹿になりたい。付けっ放しにしたテレビではデモの様子が流れてる。政治家に対する悪口だかなんだかを声高に誰かが叫んでる。「戦争が始まる」と書かれたプラカード。群衆に踏まれる政治家たちの写真。 わたしたちの部屋は1DKで、洋室の広さは6畳ほどだ。ふたりで暮らすには少し狭い。ベッドとソファ、机や本棚を置くとすぐスペースが埋まってしまう。だからテレビは19インチのもので我慢している。いつかお金が溜まって引っ越ししたら42インチの液晶テレビを買いたい。 わたしたちはどちらも集団が嫌いだった。二人はいい。三人はまだ耐えられる。でも四人以上になるとダメだ。トラウマが蘇ってしまう。いじめられた記憶。集団の「正義」が個人を追いつめる。周囲は見て見ない振りでやり過ごす。教師もクラスメートも気付かない振りをする。高校時代に彼女と一緒にお昼を食べていたとき、クラスメートの集団がわたしたちを見て「ブスのくせに」と笑った。意味がわからなかった。あとで、「ブスのくせに恋愛している」と言いたかったんだとわかった。「男にモテないから女同士で慰め合ってんだよ」と嘲笑われていたのだと知った。なんですか。ブスには基本的人権がないんですか。恋愛しちゃいけないんですか。でもその頃のわたしたちは俯くしかなかった。暗くて内気なブスほど虐げられ笑われる。ブスが生き延びるには強く明るく逞しくなるしかない。タフじゃないと生きられない。優しくないと生きるためだけに生きることになってしまう。大学に入るころにはブスだのレズだの言ってくる馬鹿どもに「男も抱けない童貞は黙ってろ」だの「うるせえ、ブスの性欲なめんな」だの言えるようになったけど、高校生のわたしたちは「ひのきのぼう」さえ装備してない駆け出しの冒険者だった。徒党を組んだゴーレムに勝てるわけなかった。 そんなわけでテレビに映るデモの集団にはあまり良い印象は抱かなかった。彼らの行動力は立派なのかもしれない。でもその信条に同意はできないし、できたとしてもわたしたちがそこに加わることはない。過去の記憶のせいもあるが、何より怖かった。自分が集団の一員になることで同調圧力のひとつになってしまうこと――自分が自分でなくなってしまうかもしれないことが怖かった。 なに観てんの? テレビなんか消しなよ。 脇腹をくすぐられる。 だって付けてないと、声、聞こえちゃうかも。 安保闘争の年に建てられたアパートだった。当時のことを、わたしたちは記録映像でしか知らない。白黒の画面の中、投げられる火炎瓶。ヘルメットをかぶった警官たち。怒号。いつか深夜にNHKで流れていたその映像だけがわたしの知る「闘争」のすべてだ。その年に建てられた古いアパートの壁が薄く、油断すると虫が部屋に入り込むということが「闘争」のあとの「現実」だった。 いいって。消しちゃってよ。 リモコンが押される。画面が消える刹那、若い男の顔が大写しになった。髪を染め、眉毛も手入れされている。整った顔立ちだった。彼女がいて、友人に囲まれて、大学生なら単位も落とさず就職活動も卒なく行っている。そんな印象を受けた。彼は何かを訴えていたが、内容よりも高揚したその顔が眼に焼き付いた。興奮。そして、快楽。暗い画面に映ったのはわたしたちだった。互いの肌を舐め、触れて、快楽への階段を無我夢中になって上り始めた女たちの姿だった。 わたしたちはふたりとも1981年に生まれた。「セーラー服と機関銃」が公開された年だ。ロサンゼルスで最初のエイズ患者が発見された年でもある。日本はまだ豊かで、高度成長期はこの先もずっと続くと思われていた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」なんて、いまだったら「そうだね、ナンバーワンだね」と厨二病患者を見るような眼でしか見られないようなことをみんながドヤ顔で言っていた時代でもあった。国家的厨二病あるいはバブル。泡は弾ける時が来る。当時ベストセラーになった「マーフィーの法則」に掲載されていたか定かではないが、子供でも分かることだった。予定調和。残念なことにわかっている者は少なかった。90年代の始め、わたしたちが小学校高学年を迎えたあたりに盛大に泡が弾け飛び、その後の歳月は「失われた20年」と呼ばれることになる。ちょうどわたしたちの10代、20代に重なっていて、ニュースなんかで「失われた20年」と誰かが発言するたび他人事と思えず苦しくなる。わたしたちにとっても同じだった。自分たちのなりたいものにはなれず、思い描いた夢は達成できず、ただいたずらに年を重ねた。気づけば30代も半ばだった。知り合いはみな結婚し、子供を産み、この社会にそれなりの居場所を築いていた。わたしたちだけが経済と一緒に失速し停滞していたようだった。 わたしたちは高校で知り合った。親しくなったきっかけは「新世紀エヴァンゲリオン」だった。まだいまほどのヒットになる前、「なんかすごいらしい」と知る人ぞ知るアニメだったころ、ビデオを貸して貰ったのだった。それから一緒に「魔法騎士レイアース」について語り明かしたり「少女革命ウテナ」に嵌ったりした。楽しかった。本当に楽しい時間だった。わたしたちの一部は1990年代最後の数年間で出来ているといまでも思う。 虚構を貪り虚構に溺れながらもひとりになると耳元で誰かが「現実を見ろ」と繰り返し囁いた。逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ。わかってる。わたしたちにとって自分たちの生きているいまが現実だった。逃げようがなかった。わたしたちにファンタジー要素なんてひとかけらもない。消費されることもない。でも需要もない。わたしたちによる、わたしたちのための、わたしたちの現実。 それがこの文章だ。物語ですらない。わたしたちは「物語」が嫌いだ。さんざんアニメに溺れておいてどの口を言うと自分たちでも思うが、でも、そうだ。わたしたちはペアを組んで漫画家を目指した。「物語」に生理的嫌悪すら覚えるくせに「物語」を紡ごうとしている。矛盾だった。でもわたしたちはその矛盾を解決したかった。そのためにひたすらファミレスでネームを描き、バイトを休んで原稿を仕上げた。結果は予選落ちだった。自分たちより若い子がデビューするのを何度も見た。嫉妬と焦燥で飲めない酒を無理矢理飲んだ。「現実」を見るべきだ。プロになってさえ成功するのはほんの一部に過ぎない。早く見切りをつけ、まともな会社に勤めるべきだった。遅すぎた。わたしたちは貧しい同性愛者として寄り添い生き延びるしかなかった。デモ? 闘争? わたしたちは今月の食費をいかに切り詰めるかで頭がいっぱいだ。滞納した家賃をどうやって払うかの方が最優先事項だ。金もなく、才能もなく、将来もない。選評を覚えている。ネットで応募すれば必ず編集者にコメントをもらえるという企画があり、わたしたちの作品を送ったのだった。――痛々しく、みっともなく、ださい。 主人公の姿を編集者はそう評した。――でも、切実な何かを感じる。 それだけだった。それはそのままわたしたちの姿だった。どれだけニコニコ生放送で実況してコメントが付いても、ツイッターのフォロワー数が増えても、承認欲求ばかりを虚しく満たしても、本当に欲しいものは手に入らない。痛々しく、みっともなく、ださい。でも、切実。 足指が澄んだ水に触れて目覚めた。朝だった。ふたりともバイトが休みで、どれだけ寝ても誰かに怒られることはない。わたしたちは家族と縁を切っているし、友人もいない(ネットで仲良くしてる人はいるがリアルで会おうとは思わない)。自分たちで予定を立てない限り、休日にやるべきことなんてない。眼やにを指で擦り取る。意識はまだ半分、あちら側だった。さらさらと足を洗う水は、風だった。窓際に置いた銀子とるる(ユリ熊嵐に出てくるキャラクターで、どちらも熊だ)のぬいぐるみを太陽が照らし、わたしたちの瞼に汗が滲んでいるのに、風にはまだ夜明けの名残りがあった。どこかで工事をしているのか金槌の音が聞こえた。カンカンカン。小鳥たちのさえずりが可愛らしいシールのように透明なボードに貼られていく。青空に重ねられたはずのそのボードを見ようとして、眼を細めたが無駄だった。高すぎる空に胸が疼いただけだった。秋が来ると切なくなる。世界が美しく透明で、胸の奥に押し込めたいろんな記憶が蘇りそうになる。思い出したいこと、思い出したくないこと。自分で自分を許さずにいるすべてが――許せずに押し入れのどこかに蹴り込んだあれこれが――浮かび上がりかける。無条件に許してしまいそうになる。そんなの嫌だ。そうするくらいならわたしたちは死を選ぶ。つらいこと、苦しいことが多く起こりましたが、最後には彼女たちは許されて幸せに暮らしました。童話かよ。「幸せ」なんて口にするくらいなら舌を噛み切った方が良かった。わたしたちは「幸せ」なんて求めてない。それなのに秋はどこまでも透明で、美しくて、なんだか憂鬱になる。死にたい。 顔を洗って歯を磨く。タブレットを操作し音楽を再生し、朝ごはんの準備を始める。taffyのSuicidal Bunny。アニメ版のニンジャスレイヤーでエンディングとして使われた曲。わたしたちのお気に入りの一曲だった。作業をするときは洋楽か、歌詞がぜんぶ英語の歌がいい。日本語歌詞だとどうしても意識がそっちに行ってしまう。自分の一部を持っていかれてしまう。以前、クラシックやジャズを聴きながら料理をしたこともある。でも「なんか、うちら、村上春樹っぽくね?」となってふたりとも爆笑したのでやめた。リストの「愛の夢」を聴きながらフライパンにバターを溶かしていたらメールが届いた。ヤフーショッピングから北海道スイーツ祭り開催のお知らせだった。――なんて、どこか失敗した春樹っぽい。いや、いいんだけど、わたしたちには似合わない。ただ、そんなふうに意識してしまうということはわたしたちに何か問題があるのかもしれない。むしろ問題だらけだ。HPやツイッターに悪意あるリプライを書き込まれたことは何度もある。そのひとつを思い出す。「自意識をこじらせたあげくフェミ武装しためんどくさい女」と書かれていた。似たような内容の書き込みに慣れていたので返信せずブロックした。そうですね、わたしたちは自意識をこじらせまくってもはやゴルディアスの結び目と化していて、いつか一刀両断される日を夢見ているのですよ。生きるために何かで武装するしかなくて、男にしたら「素直」でも「かわいい」でもないめんどくさい女でしょう。でも、知ってる? 言葉って自分に返ってくるんだよ。悪意ある言葉を口に出すとその瞬間は気持ちいいかもしれないけど、自分の心の底に澱のようなものが溜まっていくんだよ。ガスの火を弱めて、タブレットに手を伸ばす。ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」が流れる。寝室で、もそもそと起き出した気配がする。足音。おはようと挨拶を交わす。珍しい。今日はクラシックなんだ? なんか聴きたくなって。 いいじゃん。たまにはこういうのも良いね。 たまにはね。 朝食を食べ終えて少しお腹を休めてから、外に出た。平日の午前中ということもあり人通りは少ない。赤ん坊を背負った若い母親とすれ違い、深く腰を曲げて歩く老婆を追い越した。のどかな陽射しが老婆の杖の先にあった。電柱は影を塀に預けて秋の光を女たちに差し出していた。 わたしたちは手を繋がなかった。人目を気にしていた頃からの習慣で、いまさら繋ぎたいとも思わない。何度か――どれも夜だった――手を握ったことがある。 ――ふむ。 反応はそれだけだった。驚きも照れもなく、「ふむ」と何かを勝手に納得されて終わった。おみくじで微妙な結果が出た時の顔をしていた。中吉とか末吉とか、そのあたりの反応だ。手を繋ぐというのはどうやらそのレベルの出来事のようだった。中吉。 いや、だってさ、どう反応しろって言うのさ。 笑えばいいと思うよ。 また古いネタを…… 笑えないっての。 そんなことを言い合ってたくせに、中学生の男女が手を繋いでいるのを見かけると「うわあ、なにあれ、なにあれ」「思春期ですよ……甘酸っぱいですよ……」「思春期オーラやばいわ。羨ましいとかリア充死ねとかじゃなくて、眩し過ぎてやばいわ」と(ひそひそ声で)騒ぎまくるのだった。 ねえ、時々さ、わたしたちだって中学生だったんだって叫びたくなんない? わかる。叫びたくなる。 30代って、気持ち的に中学生に戻る部分あるよね。 うん。20代は大学入って卒業して、社会に出て、もみくちゃになりながら駆け抜けた気がする。社会で一人前になるために10代の自分を否定したこともあった。でも、それらがようやく落ち着いて、踊り場みたいなとこに出たとき、30代くらいになると、10代のころ好きだったものにもう一度夢中になるよね。あの頃はお金の問題で手に入れられなかったものを大人の力で手にしたくなるっていうか。 時を駆ける厨二病。 カミング・スーン。  20代。わたしたちは死ぬことを計画していた。完全自殺マニュアルを熟読し、心中ものを読み漁った。どこにも居場所はなかった。男社会と女社会の両方からわたしたちは弾かれ、異端視された。要領が悪く記憶力も良くなくて職場でもさんざんひどいことを言われた。持ち込んだ漫画は「pixivの素人の方がまだ画力がある」とか「漫画として成立していない」とかさんざんな評価だった。百合の漫画を描いて持ち込みしたのに「これは百合じゃない」とまで言われたことがある。それならと百合漫画をネットにアップすると「パクリだ」だの「ミソジニーだ」だのコメントされて炎上した。ブログを消して違った路線の作品を発表すると今度は閲覧数が身内だけという結果になった。 当時のわたしたちの口癖は「疲れた」「死にたい」だった。努力しても夢はかなわない。凡人が寝食を惜しみ、生活を犠牲にして書き上げた作品なんて、天才が暇つぶしに描いたネームにすら及ばない。 同棲を始めたものの、お互いにバイトで消耗し疲れ切って漫画を描けない日が続いた。生活のために生活しているだけだった。そんな現実を忘れるためにわたしたちは「勉強のために」ニコニコ動画でアニメや歌い手の動画を観て、好き勝手に文句を言った。コメントした。「息抜きに」セックスしてくたびれて眠った。 口癖はもうひとつ、あった。「大丈夫」だ。わたしたちはお菓子を食べながら動画を観て、「大丈夫」と言った。欲望のままに絡み合いながら「大丈夫」を繰り返した。大丈夫じゃなかった。わたしたちはゆっくりと死んでいた。腐っていた。だから20代最後の年に「一緒に死んでくれない?」とまるで近所のコンビニにでも行くような口調で言われたとき、頷いた。この世界にわたしたちの出口はもうそれしかない。 ネットで取り寄せた薬が届くまで、わたしたちはハイテンションで過ごした。ハンター×ハンターの連載が再開されたときよりも高いテンションで、バイト先の上司の愚痴も、同僚の女たちの嫌味も、笑って聞き流せた。死を間近にすると世界は生きやすくなる。メメント・モリ。死を想え。 段ボール箱を受け取ったのは土曜日の午後だった。開けてみると安っぽい赤の蓋がまず目に入った。ドラッグストアで売っているような透明な瓶に白い錠剤が詰まっていて、傍目には風邪薬と見分けが付かなかった。騙されたんじゃないかという疑いがお互いの顔に浮かんでいた。 どうする? うーん…… でも飲まないとわかんないよね。 もし本物ならわかるころには死んでるけど。 長い沈黙が降りた。パソコン(当時はまだスマホでもタブレットでもなく、パソコンで音楽を聴いていた)からは初音ミクの「Calc.」が聞こえていた。 わたしたちはどちらともなく手を繋いだ。 ねえ、これが本物ならいつでも死ねるよね。 そうだね。 ちはやふるの続きを読んでからでも遅くないと思わない? 進撃の巨人の続きも。 デュラララ!!だって。 顔を見合わせ、笑う。 あのさあ、これ、死ねないパターンじゃん。 馬鹿だね。 うん。うちら、馬鹿すぎ。 ほんとーだよ。 ツイッターのタイムラインに様々な言説が流れる。2015年。わたしたちは日常を取り戻し、いままでと同じように暮らしている。変わると思ったいくつかは変わらなかった。むしろ退行しさえした。でもわたしたちの知らないどこかで変わらないと思っていたことが変わったのかもしれなかった。 デモに対するわたしたちの呟きに「デモに行かないとか、それでも日本人かよ」とリプライが寄せられる。ブロックする前に「平家の生き残りじゃない?」と話す。平家にあらずんば人にあらず。平家の残党が生き延びて子孫を残し、現代の世にクソリプをかましてるなんて平清盛だって想像しなかっただろう。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 生き残りだね。ツイッターにはやんごとなき血族の末裔が集ってるんだよ。 貴種流離譚だね。 いいね。それをネタにしてネーム描いてみる。 リプライしてきた見知らぬ誰かのアカウントをブロックする。わたしたちはデモに肯定的でも否定的でもなく、ただ距離を置きたいと呟いただけだった。すこし前にテレビで見た若い男の顔を思い出す。人にはいろんな背景があり、様々な快楽がある。あなたたちはあなたたちの快楽を貪ればいい。わたしたちは生きる。獣のようにだらしなく、惨めに、欲望のままに生き抜いてみせる。わたしたちは夜が来るたび乳首を硬く尖らせる。求め、愛し、決して孕むことのない絶頂を迎える。何度も何度も。数え切れないほどに。垂れた涎ごと唇を吸って、どちらともなく息を吐く。気怠い体をしわだらけのシーツに馴染ませて眠りを待つ。戦争が始まる。いや、もう始まっている。日常が少しずつ変わっていく。子供たちの遊び声がうるさいと保育園にクレームを入れる大人たち。発禁処分される「不健全」な漫画。SNSの喧嘩をきっかけに友人をリンチし殺す中学生たち。いつタガが外れだしたのか誰にもわからない。絶対の「正義」が、「健全」が、共感も慈悲もなく己以外の存在を認めることなく押し潰す。そんな光景が巷に見え隠れし、やがて野火となる。炎の中で政治家たちは笑い、軍事産業従事者は札束を懐に押し込み、マスコミはまず自分を棚に上げて責任者を探し出す。デモに行かなかった者たちが「お前のせいだ」とかつてのデモ参加者に責められ罵られる。「非国民め、お前たちのせいで戦争が始まったんだ。お前らは何も変えようとしなかった」違うという声は彼らの足に踏みにじられる。声のない声は雑草とともに焦げ、灰になり、飛ばされる。日常も欲望も人の数だけ存在した筈だった。何もかもが錆びた大きな鉄の車輪で均され始めたとき、戦争は始まった。 だからわたしたちは生きるだろう。ネットワークとリアル世界で同時にテロが起き、分断された世界に生物兵器が投下されるだろう。殺す者は殺される者の血を見ない。悲鳴を聞くことはない。最新兵器の粋を集めたクリーンな虐殺がこの国を覆うだろう。その後に蹂躙が始まる。食料は奪われ、男たちは捕虜となり、女たちは犯され、やがて等しく殺される。車輪の崇拝者ども、お前たちは戦争をすればいい。熱した血飛沫に酔って踊ればいい。わたしたちは狡くしたたかに生き延びる。お前たちが踏みにじった日常を汚れた指で掴んでみせる。いま、わたしたちの指は互いの愛液でふやけ、ふくらはぎには微かな痙攣のあとが残っている。皮膚をめくれば骨も内臓もどろりと重く溶けているだろう。こんなんじゃ近くに爆弾が起きても逃げ出すことなんてできない。死んじゃうね。死んじゃうよ。わたしたちは笑い合う。触れ合った乳房と太腿をそのままに最近見たアニメについて話し(仲違いした友人と主人公が共通の敵を前にして結束するって王道だけど最高)、カミングアウトした俳優の髪型について悪口を言う(前の方がずっと良かった)。わたしたちの夜が更けていく。歴史書に記されることなく、時代に影響を与えることなく、獣の匂いだけを漂わせて。

Respawn Point

酔い止めを飲んでFPSしてる僕の隣で注がれるビール酔いながらヘッドショットを軽く決め君が(コンマ1秒)僕を見るからただ君といたくてゲームを始めてた「死ねよ」と笑う君といたくて銃弾が飛び交う画面 硝煙の虚構がソファの隙間を埋める手榴弾投げて「リア充爆発」と笑うあなたと真顔の僕とお隣のギターが震度5で止まりまた奏でられお風呂に入る浴槽の隅に置かれたぐにゃぐにゃの絆創膏が湯気の行き先雨に濡れ薫り立つ花しとやかに人の足止め影に根を張る開かない自動扉の前にいて客と眼が合い眼を逸らされる標識は落石注意を意味してた優しくされて好きになっても積み上げた木片濡らす夢を見て半透明の銃の青空罪状をラップで読み上げDisり合う裁判ならば呼んで下さい靴下を脱いで思わず息を止め「探さないで」と書きたい気分take2:連絡先をさりげなく聞き出す(蟹のことは忘れろ)あの日からサイズ違いの言葉だけ陳列されて裸足の心「オラトリオ」「オーストラリア」しりとりでエスカレーター降りるJK満月を仰ぎ見ながら新しい街を歩いたお腹を抑え廃屋の庭に丸椅子並べ終え誰も座らず朝はまだ来ず「お前らを消す方法」と検索し眠るイルカの顔の駅員プラスチックの胸を裂いて叫んでほしい初音ミクには出せない声で駅前の朝のひだまり 「待った?」「ううん」小学生の男女が地下へ充電の切れたスマホは僕たちを映す鏡として黒くあれ休日も出勤となる君といて無職の僕はトイレを磨く二つ名は「米研ぎのヤス」にやついて研ぎ汁流せば米も一緒に「ハロワとはハワイのアロハ」と嘯いた西崎くんはコンビニにいるゲーム機の埃拭き取る 何度でも死ぬから君は僕を殺して僕は案山子です僕は案山子です引き抜かれ捨てられあなたはカラス焼きたてのパンだったはず昨夜まで 袋の中の白い空白ふたりとも老人になり再会しFPSの曠野で死のう君といた日々がリスポーン・ポイントになってる 指で新月を撃つ