逆向きの傘に落ちる雨_1

 火葬場は花の薫りがした。茉莉花。あなたが好きな花だった。オルゴールの流れる部屋で、わたしは何度もその薫りに包まれた。あなたが聴くのはオルゴールだけだった。人の声も楽器も嫌なの、といつか冗談めかしてあなたは言った。落ち着けるのはオルゴールを聴いているときだけ。 
 理由を尋ねてもあなたは微笑むだけで答えてくれなかった。ユカの声は好きだよ。子どもを慰めるみたいに言ってわたしの髪を撫でた。納得したわけではなかったけれどあまり深入りするのも気が引けた。あなたに嫌われたくなかった。わたしにとってあなたは初恋の人であり、初めての恋人だった。
「秋元様」
 火葬場の担当に呼びかけられて、わたしは瞬きした。いつのまにか火葬は終わっていたらしい。空気には何の匂いもなかった。担当に導かれ、あなたの骨を拾い上げる。現実感がなかった。いままでに涙を流しすぎたせいかもしれない。どうしてもあなたの骨だと思えなかった。

 骨上げが終わり、遺骨を受け取るとわたしは火葬場を後にした。葬儀も火葬も立ち会ったのはわたしだけだった。あなたに身寄りはなかった。タクシーに乗り、別に受け取った箱を開く。白いちいさな石のようなものが入っていた。遺骨を食べる人のために、取り分けてあるのだった。

 指でつまみあげ、口に含む。奥歯で強く噛んだ。嫌な音がした。歯が欠けた音。吐き出した。手の上であなたの骨とわたしの欠けた歯が並んでいた。

――お揃い。

 胸の裡でつぶやくとわたしは笑った。声に出して笑ってみた。笑い声はいつのまにか嗚咽に変わり、止まらなかった。


すれ違いの猫たち

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