ふにゃふにゃ

 


   ちいさなころ、おちんちんが欲しかった。ひとつ年上の兄とお風呂に入るたび「いいなあ」とおちんちんを見つめた。わたしだってほしい。お兄ちゃんばかりずるい。
 ちっちゃくて、ふにゃふにゃくにゃくにゃして、かわいいおちんちん。おもちゃみたいだった。冬の夜、兄がちんちんを握りしめて眠りにつくこともあった。「あったかいんだ」と兄はいった。おちんちんはホッカイロにもなるのか。幼い私は驚き、どうして男の子にうまれなかったんだろうと悔しがった。
 いまでも、ちょっとほしい気持ちはある。寝つけない夜のおもちゃとして。生殖とも性交とも無縁の物体として。
 そう。私が欲しいのはあくまで「おちんちん」であり、断じて「ペニス」でも「男根」でもない。いつでも大きく固くなり自身の存在を無駄に訴えたがるアレではない。キスする前に男たちは真顔になるが、「いやそんな急にマジになられても」と困ってしまう。「男根」もおなじだ。ごめんこうむりたい。マジになることのないふにゃふにゃで頼りない「おちんちん」となら友達になれる。親しくなれる。でも男根とは無理。お友達にはなれない。
 岡本かの子の短歌に、

 力など望まで弱く美しく生まれしまままの男にてあれ

 という一首があるけれど、そんな「弱く美し」い存在をこそ私は愛する。男だろうと女だろうと。


 えいえんにちんちんでいてくにゃくにゃとやわらかなままちんちんでいて

すれ違いの猫たち

自作短歌や小説、散文を掲載。