成人式

 成人式の朝、潰れた蛙がワイングラスの中からわたしを見ていた。つぶらな瞳だった。ぺしゃんこになっているのに瞳だけが真珠のように煌いていて、必死に何かを訴えていた。誰かがグラスにワインを注いだ。瞳は紫色に染まってなおわたしを見ていた。母の瞳だった。
 「起きなさい」母はそう繰り返していた。体が揺さぶられる。眼が覚めると母がわたしを睨んでいた。ぺしゃんこにされて頭上からワインを注がれたのだ。怒って当然である。ごめんなさい。むにゃむにゃつぶやくわたしに母は「今日は成人式でしょ」と語気を荒くして言った。
 成人式。そういえばそうだった――気がする。昨日の夜、バイト先の先輩たちに「前祝いだ」と飲みに誘われ、明け方まで飲んでいた。お酒に強くないのに雰囲気に流されて飲み潰れたのだった。気分が悪い。間違いなく二日酔いだ。「早く着物に着替えなさい」と母が急かすが、無理。無理です。
「気持ち悪い。行きたくない」そう言うと母の表情が変わった。子供のころ、窓ガラスを割ったのがばれたときと同じ表情。般若。言わなきゃよかったと思ったけど遅かった。「20歳にもなって、あんたは!」完全に母が説教モードに入る。着物を選ぶときも一番張り切っていたのは母だった。もともとわたしはそんなに乗り気ではなかった。母のお説教は終わらなかった。そんなに大きな声を出さないでほしい。頭に響く。ガンガンする。眼を閉じてどうにかやり過ごそうと決めた。瞼の裏でぺしゃんこの蛙と目が合った。成人おめでとう。潰れた声にわたしは中指を立てた。


  元気です さびしい熊は眼を閉じてシャケをとってる踊るみたいに

すれ違いの猫たち

短歌・詩・散文など