鉄塔

 鉄塔を見かけるとついスマホで写真を撮ってしまう。送電線。電信柱。仕事始めの火曜日、何度となくため息をつきながらわたしは駅へと向かった。雲ひとつない青空が道の先に広がり、左手には巨大な鉄塔がそびえていた。スマホを向ける。背後で子どもたちが笑いながら通り過ぎた。
 写真を撮り始めたのはある男のせいだった。数年前、わたしはネットゲームにはまっていた。MMORPG。インターネット上で不特定多数の人々が集まり遊ぶゲームだ。お互いに顔は見えないし現実の素性もわからない。でもゲームで仲良くなったその男はわたしに会おうよと声をかけてきた。
 男の誘いを無視しているとTwitterでもしつこくメッセージが届くようになった(男とわたしはTwitterでもやり取りをしていた)。やがて男の顔写真が届いた。「青ちゃんの写真も送ってよ」と男は書き添えていた。気持ち悪い。わたしは適当に近所で撮った鉄塔の写真を送った。
 それから男はいろんな場所の鉄塔の写真を送ってくるようになった。東京、横浜、北海道、沖縄、カナダ、イタリア。男は世界中を旅したことがあるとさも自慢げに書いていた。本当かはわからない。ネットで拾った画像かもしれない。でも鉄塔とその向こうに広がる空にわたしは魅せられた。
 その後も男から一方的に鉄塔の写真が送られ続けた。数か月経つと男はTwitterアカウントを削除しゲームもやめた。男とはそれきりだった。わたしは心底ほっとしてひとりで乾杯した。万歳。ベッドに寝ころび、スマホに保存した鉄塔の写真を指でなぞる。遮るもののない空から風は強く吹いた。
 ゲームにはまりながらわたしが求めていたのは別のものだった。それがいったいなんなのか自分でもわかっていなかった。貪れば貪るほど乾いていく。飢えていく。風に吹かれて送電線は激しく揺れているはずだった。でもわたしのスマホに映るのは空のように静かな鉄塔と送電線だった。


  寒がりな君の小指に触れていた鉄塔の前なんにもなくて

すれ違いの猫たち

短歌・詩・散文など