「センター試験のときはごめんね」
卒業アルバムの寄せ書きにそう書くと彼女はペンを置いた。「え、なに? なんかあったっけ?」まったく覚えがない。人違いではないだろうか。彼女になにかされた記憶はなかった。戸惑うわたしに彼女は「消しゴム」と答えた。
そう言われても困る。もっとヒントを…… でも彼女はほかのクラスメートに呼ばれて行ってしまった。結局、その続きは聞かないままだった。彼女とは特に親しいというわけではなかった。ただのクラスメート。だからいまとなっては彼女のことをほとんど思い出せない。
だけどセンター試験で連想するのはいつも彼女だ。彼女の書き込み。消しゴムを拾ってあげたとか、貸してあげたとかそんな他愛ないことだろうと思う。水たまりに映る雲のように、「ごめんね」の文字だけが卒業アルバムとわたしの胸に残っている。
相手が気にしていなくてもわたしが気にする。わたしが気にしなくても相手が気にしてる。そんな「ごめん」がいままでにも何度かあったし、これからもあるだろう。わたしの声は小さすぎて北風に吹き飛ばされる。届かなかった声。ごめん。白い息は、青空に消えた。
噴水の影で古びた夢を踏む 鏡のような冬の砂粒
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