停電が多い街。日本を発つ前にチェックしたブログやTwitterにはどれも似たような注意書きが記されていた。生水は飲まないようにすること。停電に備えてモバイルバッテリーは持参すること。ブゥゥンという低い唸りのあとに電気が消え、私たちは「停電だ」「だね」と短く言葉を交わした。とっくに日は落ちていた。暗闇に包まれた部屋で私たちは慌てることなく元の姿勢に戻った。背中合わせに寝ころび、それぞれお互いのスマホをいじった。狭いベッドだった。初めての海外旅行で安いホテルを選んだせいだ。でもいちばんの原因は予約時に2人部屋ではなく1人部屋を取ってしまったことだった。ホテルのフロントに訴えてみたがほかに空きはなく、1人部屋にふたりで泊まる結果になった。予約したのは彼女だったが責める気力はなかった。ホテルに来るまでにバスを乗り間違え、厄介な男につきまとわれ、荷物の一部がなくなり、私も彼女も疲れ切っていた。
私と彼女は会社の同期だった。ある泥酔した夜、ふたりとも学生時代は自殺することばかり考えていたのだとわかった。死に損ないのふたりだった。死ぬ勇気も生きる勇気もないまま、ただなんとなく生き延びてしまった。私たちはアルコールの勢いもあって抱き合い、そして、翌日には昨夜のことを忘れたふりですごした。
あれから、お互いに学生時代のことには触れずにいる。気の合う同期。同僚。その距離を守っている。
停電で部屋は暗いのに、怖くはなかった。目の前のスマホの灯りのおかげかもしれない。でも私の後ろで、彼女の灯りも部屋を淡く照らしてくれていた。
こんなに満たされていいの? 甘夏のマーマレードで君を汚した
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