煙草 夜の廊下は煙草の匂いがした。 当時、大学生だったわたしは木造住宅の二階に住んでいた。築40年にもなるそのアパートはあちらこちらにガタが来ていて、歩くたび廊下は軋みを立てたし壁越しに隣の部屋の生活音が聞こえた。それでも住み続けたのは家賃が格安だったからだ。お風呂も洗濯機もない四畳間だったけれど、銭湯もコインランドリーも近くにあって不便ではなかった。もうひとつ。大家のおばあちゃんの方針で入居者は女性だけだった。「男はやかましかけん」 入居者面接(そういうものがあったのだ)でおばあちゃんは首を振った。方言が強く、気も強かったけれど、焼き肉を奢ってくれたり野菜をわけてくれたり良い人だった。お世話になりっぱなしだった。 だから住んでいる女性...21Mar2018百合小説
腹上死は人生の夢でした ワニを飼うような女の子になりたかった。平気な顔でうさぎを殺し、退屈な彫像を爆破するような女の子。「コインロッカー・ベイビーズ」のアネモネのような少女。 でも。「ワニはイヤだね」 隣でむにゃむにゃとつぶやく亜紀に、わたしは「そうだねー」 なんてのんきに答えた。ワニに食べられて死ぬのはイヤだねー。 わたしたちはベッドのなかで「自殺うさぎの本」を読んでいた。うさぎたちがいろんなやり方で自殺を試みるという内容の絵本だ。実にさまざまな死に方がある。ジェットエンジンに飛び込んだり、大きな貝に挟まれたり、蛇に食べられたり。 そんな奇妙な自殺の手段のひとつとして、ワニも出てきたのだった。開いたワニの口に突っ張り棒を差してうさぎさんは本を読んでいた...16Mar2018百合小説