コーヒー牛乳

 おばあちゃんのコーヒー牛乳は甘かった。いままで飲んだどのコーヒー牛乳よりも甘くて、冷えるとすぐ表面に膜ができた。お正月に里帰りするたび、おばあちゃんはいつもわたしにそれを出してくれた。虫歯になりそうなくらい甘くて、あたたかな、コーヒー牛乳。
 おばあちゃんは農家だった。いくつかの山を持ち田んぼを管理していた。牛もいたけど、牛舎から漂う匂いは正直苦手だった。臭かった。わたしのお気に入りの場所は夏みかんの若木が見える軒端で、夏にはそこで日向ぼっこをしながら漫画を読んでいた。
 おばあちゃんの家にも漫画はあったが古過ぎて読む気になれなかった(お兄ちゃんは「あぶさん」も「野球狂の詩」も熱心に読んでいた)。そんなわけで、わたしは手持ちのコミックを何度も読み返した。夏みかんの木を見ながら眠ってしまい、大人たちの話し声で目覚めることもあった。大人たちの声はいつも重苦しく響いた。どこかくぐもっていて、両親も祖父母も違う世界の人たちのように思えた。影絵のようだった。
 おばあちゃんはいまはボケてしまった。ここにいるのに違う場所にいる。違う誰かを見ている。おばあちゃんの見ている影絵にちいさなわたしがいて、夏みかんの木のそばで本を読んでいる。砂糖たっぷりのコーヒー牛乳を飲んでいる。そんな気がした。おばあちゃんはいまでも田んぼを耕し、牛の世話をしているつもりなのかもしれない。
 でも牛はもういない。牛舎はとっくに取り壊された。おばあちゃんの家は暗く冷たく、獣の匂いが微かにする。おばあちゃんはわたしに気づくと、わたしの母の名前を呼んだ。違うよという言葉を飲み込んでわたしは甘いコーヒー牛乳をおばあちゃんに手渡す。おばあちゃんがくしゃりと笑った。


  思い出をなくして泣くのなぜ泣くか思い出せなくなるまで泣くの


  


  

すれ違いの猫たち

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