ジッポ

 煙草を吸わない人だった。でも彼女の部屋にはいくつもの、様々なデザインのジッポライターが飾られていた。ディズニーのキャラクター、滅びた生物、アイドルグループの刻印。「全部限定品」。初めて彼女の部屋を訪れた夜、わたしの耳元で彼女は囁くように言った。
「変なの」デザインはどれもお洒落でセンスが良かったけれど、緊張をごまかすためにわたしはわざと悪態をついた。「タバコ吸わないくせに」彼女は「だから集めてんの」とわたしに顔を近づけた。ココアの薫りがした。駅前の喫茶店で飲んだミルクココア。わたしもきっと同じ薫りだった。
 彼女とは恋人同士ではなかった。知り合いで、なんとなく体を重ねて、肉体関係だけがしばらく続いた。彼女の結婚を機にそんな関係も終わりを告げた。終わりが近いと知ったのは冬の夜だった。彼女のセーターからは煙草の薫りがした。
 彼女の顔はいまでは思い出せない。ただ、ジッポの表面に描かれたデザインははっきり思い出せる。恐竜、骸骨、大鷲、猫。一度も使われることなく、オイルが補充されることもなかったそれらの横に、わたしはわたしを加えてみる。銀色のジッポ。その表面にはたぶん壊れた指輪が刻まれていた。


  忘れものばかり集めて暮らしたい マフラー、ライター、切符(あなたの)


すれ違いの猫たち

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