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ウルトラマリン

 あなたのいない場所で、あなたの好きな歌を聴いていた。相手のいない片耳イヤホン。垂れ下がったケーブルを指でいじる。11月になって急激に寒くなり、今日の最低気温は3度。東京は街も人もすっかり冬の装いだ。空を見ながら白い息を吐く。制服の上に着ているダッフルコートは4番目のボタンが取れかけている。――縫ったげよっか。 この屋上で初めて会ったとき、あなたはわたしにそういった。金網をのぼるときに引っ掛けたのだろう。カーディガンの袖口がほつれていた。 あなたはなにもいわず、わたしのカーディガンを縫ってくれた。わたしがなぜ死のうとしていたのか訊くことなく「できたよ」と笑った。 それ以来、放課後にあなたと屋上で会うようになった。わたしはいじめられて...

05Nov2018
  • 百合50音
  • 百合小説

イカロスの羽、燃えて、

 生徒会室で魔女はナイフを握りしめた。刃渡りは短く、片側は大きく波打っている。柄の色はオレンジ。テーブルに置かれたトンガリ帽子のリボンと同じ、さらにいえば彼女がナイフを突き立てようとしている「それ」とほぼ同じ色だった。「また振られたの?」 わたしが声をかけると魔女は顔を上げた。半泣きだった。訊くまでもなく、最初から――この部屋に彼女が入ってきたときから――わかっていた。わたしと彼女は中学時代からの友人で、こんな姿は何度も見てきた。魔女の仮装をした姿ではなく失恋した彼女の姿を。 何度も。「『そんなつもりじゃなかった』って……」彼女はナイフを握り直し、目の前のハロウィンかぼちゃに突き立てた。「じゃあ、どんなつもりでキスしたの!?」 罪な...

31Oct2018
  • 百合50音
  • 百合小説

アンドロイドと台風 あるいは最後のオクトーバーフェスト

 フォリナ・E・オクトーバーと出会ったのは台風が関東に上陸する前日、風が吹き荒れる土曜日の午後だった。悪天候にも関わらず池袋のビアガーデンは盛況でドイツ人の楽隊が陽気な音楽を奏でていた。友人に約束をすっぽかされた私は黒ビールを飲み、白ソーセージに舌鼓を打った。屋上の手摺には「オクトーバーフェスト」ののぼりがいくつも並べられ、風に煽られていた。その脇に彼女はいた。ビールを片手に、はためくのぼりのひとつを指で押さえていた。真剣な表情だった。まるで自分が指を離せば飛んで行ってしまうとでも思いこんでいるみたいだった。 なぜ彼女に声をかけたのかはいまでもわからない。酔っていたせいかもしれない。なにしてるんですかと私は訊ねた。「え、」驚いたよう...

31Oct2018
  • 百合50音
  • 百合小説

snow,tail,blanket

 ほんものなのよ、と彼女はいった。ほんものの馬の尻尾なの。さわってみない?  五月の三週目、木曜日の夜だった。雪はまだやむ様子もなくテレビではニュースキャスターがこの時期にしては珍しいことですと白く染まった熊本城を映していた。架台にも櫓にも、そして樹齢八〇〇年を越すという御神木にも雪は降り積もっていた。熊本から引っ越したのは地震の一か月前だった。二〇一六年の三月三十一日。そのわずか二週間後に熊本に大地震が起きた。そのニュースをわたしは東京で聞いた。引っ越す前に熊本城の天守閣に登り、景色をよく目に焼き付けておこうと誓った。いまとなっては忘れられるはずがなかった。東京に来て三年。満員電車にも仕事にも慣れ、恋人もできた。ふたりと...

13Sep2018
  • 百合小説

彷徨う車

吹き荒れる春の嵐の記憶だけ詰めたトランク後部座席に歩道にも車道にも花   アクセル踏んで生きようと、した待つことはつながれること街灯は瞬いて点くでも届かないひかり、あれは桜、桜のひかり、花の罠、呼ばれたら終わる、ひかり夜桜が照らし出してた湖も月も消え去り彷徨う車

14Apr2018
  • 短歌連作
  • 短歌

誕生日のリマインダー

    眠りすぎたあとのように指はしびれていて、スマートフォンを押せなかった。消し忘れたリマインダー。ちいさな音だった。みじかく、鈴に似た音で鳴った。液晶画面に表示されたリマインダーの内容を目にしたとたん、指がしびれたように動かなくなってしまった。――莉奈と誕生日デート。 末尾にはスケジュールを入力したときのテンションそのままに絵文字が踊っている。たった2か月前なのに、遠い。ゲルマン民族の大移動くらい遠く感じる。日本史Bあるいは世界史A。第一問。莉奈の乱が起こった原因とその政治的・歴史的影響について述べなさい。《800字程度》 ちくたくちくたく。 くずれたパンケーキをぼんやりと口に運んで、わたしは空白の解答欄を...

14Apr2018
  • 百合小説

停電

     停電が多い街。日本を発つ前にチェックしたブログやTwitterにはどれも似たような注意書きが記されていた。生水は飲まないようにすること。停電に備えてモバイルバッテリーは持参すること。ブゥゥンという低い唸りのあとに電気が消え、私たちは「停電だ」「だね」と短く言葉を交わした。とっくに日は落ちていた。暗闇に包まれた部屋で私たちは慌てることなく元の姿勢に戻った。背中合わせに寝ころび、それぞれお互いのスマホをいじった。狭いベッドだった。初めての海外旅行で安いホテルを選んだせいだ。でもいちばんの原因は予約時に2人部屋ではなく1人部屋を取ってしまったことだった。ホテルのフロントに訴えてみたがほかに空きはなく、1人部屋...

10Apr2018
  • 弱く美しく
  • 短歌

春眠

    朝に弱く冷え性なのもあって、眼を覚ましたあとも大体ぐずぐずと布団のなかで縮こまっている。足先をこすりあわせながら二度寝してしまうことも多い。一人暮らしなので起きろと急かす親はいない。誰にも気兼ねすることなく好きなだけ惰眠を貪る。溶けかけたキャンディーに群がる蟻たちのように、眠りが私の意識を覆い尽くしどこか遠い巣穴へと運んでいく。地中の深い場所へ、女王蟻――もとい、女王眠りの御前へ、放り出される。彼女はとんでもなく強い顎で私を噛み砕く。私に似てせっかちなのだ。飴を舐めるのではなく噛んで食べてしまう。私の破片が彼女の足元に落ちて、ずるがしこい働き眠りたちがこっそり拾って盗み食いする。やがて女王も働き眠りたちも...

09Apr2018
  • 弱く美しく
  • 短歌

煙草

 夜の廊下は煙草の匂いがした。 当時、大学生だったわたしは木造住宅の二階に住んでいた。築40年にもなるそのアパートはあちらこちらにガタが来ていて、歩くたび廊下は軋みを立てたし壁越しに隣の部屋の生活音が聞こえた。それでも住み続けたのは家賃が格安だったからだ。お風呂も洗濯機もない四畳間だったけれど、銭湯もコインランドリーも近くにあって不便ではなかった。もうひとつ。大家のおばあちゃんの方針で入居者は女性だけだった。「男はやかましかけん」 入居者面接(そういうものがあったのだ)でおばあちゃんは首を振った。方言が強く、気も強かったけれど、焼き肉を奢ってくれたり野菜をわけてくれたり良い人だった。お世話になりっぱなしだった。 だから住んでいる女性...

21Mar2018
  • 百合小説

腹上死は人生の夢でした

 ワニを飼うような女の子になりたかった。平気な顔でうさぎを殺し、退屈な彫像を爆破するような女の子。「コインロッカー・ベイビーズ」のアネモネのような少女。 でも。「ワニはイヤだね」 隣でむにゃむにゃとつぶやく亜紀に、わたしは「そうだねー」 なんてのんきに答えた。ワニに食べられて死ぬのはイヤだねー。 わたしたちはベッドのなかで「自殺うさぎの本」を読んでいた。うさぎたちがいろんなやり方で自殺を試みるという内容の絵本だ。実にさまざまな死に方がある。ジェットエンジンに飛び込んだり、大きな貝に挟まれたり、蛇に食べられたり。 そんな奇妙な自殺の手段のひとつとして、ワニも出てきたのだった。開いたワニの口に突っ張り棒を差してうさぎさんは本を読んでいた...

16Mar2018
  • 百合小説

センター試験

「センター試験のときはごめんね」 卒業アルバムの寄せ書きにそう書くと彼女はペンを置いた。「え、なに? なんかあったっけ?」まったく覚えがない。人違いではないだろうか。彼女になにかされた記憶はなかった。戸惑うわたしに彼女は「消しゴム」と答えた。 そう言われても困る。もっとヒントを…… でも彼女はほかのクラスメートに呼ばれて行ってしまった。結局、その続きは聞かないままだった。彼女とは特に親しいというわけではなかった。ただのクラスメート。だからいまとなっては彼女のことをほとんど思い出せない。 だけどセンター試験で連想するのはいつも彼女だ。彼女の書き込み。消しゴムを拾ってあげたとか、貸してあげたとかそんな他愛ないことだろうと思う。水たまりに...

14Jan2018
  • 散文
  • 短歌

コーヒー牛乳

 おばあちゃんのコーヒー牛乳は甘かった。いままで飲んだどのコーヒー牛乳よりも甘くて、冷えるとすぐ表面に膜ができた。お正月に里帰りするたび、おばあちゃんはいつもわたしにそれを出してくれた。虫歯になりそうなくらい甘くて、あたたかな、コーヒー牛乳。 おばあちゃんは農家だった。いくつかの山を持ち田んぼを管理していた。牛もいたけど、牛舎から漂う匂いは正直苦手だった。臭かった。わたしのお気に入りの場所は夏みかんの若木が見える軒端で、夏にはそこで日向ぼっこをしながら漫画を読んでいた。 おばあちゃんの家にも漫画はあったが古過ぎて読む気になれなかった(お兄ちゃんは「あぶさん」も「野球狂の詩」も熱心に読んでいた)。そんなわけで、わたしは手持ちのコミック...

11Jan2018
  • 散文
  • 短歌

すれ違いの猫たち

短歌・詩・散文など

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