炎 眼の奥に燃えさしの木片があるようだった。瞼を覆った手は熱く、皮膚を通して木片の燃えるちりちりという音が伝わってヒロモギは涙を流した。哀しいわけではない。木々も紙も火を付ければ煙が出る。この涙は煙だとヒロモギはひとりで結論づけ、深く息を吐いた。灰になるまで待つしかない。 ヒロモギが衛士の任に就いたのは1ケ月ほど前だった。門前の梅の枝にはまだ蕾はなく、雪まじりの風がヒロモギの黒髪を冷たく乱した。やんごとなきお方のため、お屋敷の前で番人を務める。それがヒロモギに与えられた職務で、それ以上のことは何も教えられなかった。お屋敷の中はどうなっているのか。どんな人間が暮らしているのか。なにひとつ知らない。衛士たちは屋敷から離れた小屋で寝泊まりし...18Jan2017散文
紙の蕾を濡らすのは胸骨が軋む冷えてく夜はずっと夜のままだよ触れてもいいよ太腿の付け根で君の唇は「雨」と何度も繰り返してたひらかれて無数の傘が海という海に浮かんだまぶたのうらで心音は帰るあなたの足音をこだましとんとっとんって、とんって、なお薫る性欲性愛的なもの深夜に「燃えるごみ」として出す涎垂らすあたしの寝顔の写メ寄こし「竜の涎」と書くか勇者よふーん同窓会でそっか良かったですね ねえこのカフェオレぬるくないですかコンビニのカラーボールを君の背に投げたい午後だ眩しい青だ東京は湿度高いね君のふぐりもおへそのなかも洗ってあげる慣れていくことを怖いと思わずに今日もイヤホン絡まる鞄足指の隙間がとても冷えるから時々君に会いたくなるのおひさまの薫りの毛布にくるまって...14Jan2017短歌
君は噛まない信号が赤になるから駆け出した冬がいちばん好きだと言って好きな人の好きな部位とか甘噛みしたいよね噛みたいよねって君と常温で保存できます常温で死んでいきます積まれた夢も噛みそうな言葉でしりとりをしようか噛んだら終わる笑って終わる心臓についてあなたが語るとき吹き抜けの塔の明るさ辺境であなたは踊る観客のいない舞台で風が生まれるぼろぼろの毛布で君を包んだよ月の見えない川に浮かべた君は噛む僕以外の人を噛む僕はひとりで僕を噛んでる10Jan2017短歌
雪だるま@吉祥寺 「キチジョウジーキチジョウジー」アナウンスされ(ヒトミシリー)って駅に降り立つ「寂しい」と「お腹が減った」を間違えて食券(あたし)のボタン押したね?ままならぬものだね日々は疲れるね炬燵で眠る雪だるまですあの国はいま冬らしい月面で地球見ながら蜜柑を食べる赤い眼の兎を抱いて僕たちも兎も冬の星座になれず孤独死は確定だろう浴槽の隅で死んでた小蜘蛛を流す月の砂ひとつぶ口に含んだら寝たい朝など来なければいい深爪が疼く明け方豆を挽く 信じたいから信じてるだけ07Jan2017短歌
プレイバック 毎日セックスだけしていたい。難しいことなんか何も考えたくない。親のこと、お金のこと、将来のこと、ぜんぶぜんぶ忘れてしまいたい。馬鹿になりたい。付けっ放しにしたテレビではデモの様子が流れてる。政治家に対する悪口だかなんだかを声高に誰かが叫んでる。「戦争が始まる」と書かれたプラカード。群衆に踏まれる政治家たちの写真。 わたしたちの部屋は1DKで、洋室の広さは6畳ほどだ。ふたりで暮らすには少し狭い。ベッドとソファ、机や本棚を置くとすぐスペースが埋まってしまう。だからテレビは19インチのもので我慢している。いつかお金が溜まって引っ越ししたら42インチの液晶テレビを買いたい。 わたしたちはどちらも集団が嫌いだった。二人はいい。三人はまだ耐え...06Jan2017散文
Respawn Point酔い止めを飲んでFPSしてる僕の隣で注がれるビール酔いながらヘッドショットを軽く決め君が(コンマ1秒)僕を見るからただ君といたくてゲームを始めてた「死ねよ」と笑う君といたくて銃弾が飛び交う画面 硝煙の虚構がソファの隙間を埋める手榴弾投げて「リア充爆発」と笑うあなたと真顔の僕とお隣のギターが震度5で止まりまた奏でられお風呂に入る浴槽の隅に置かれたぐにゃぐにゃの絆創膏が湯気の行き先雨に濡れ薫り立つ花しとやかに人の足止め影に根を張る開かない自動扉の前にいて客と眼が合い眼を逸らされる標識は落石注意を意味してた優しくされて好きになっても積み上げた木片濡らす夢を見て半透明の銃の青空罪状をラップで読み上げDisり合う裁判ならば呼んで下さい靴下を脱...06Jan2017短歌
フェアリー・シュガースティック「なんかそれ武器みたいだね」「モンハンにありそう」「鈍器シュガースティック」黒くなるあたしのナニカそれってきっとあなたのなかのやさしいあたし殺したいほどじゃないけどこっち来ないでひとりでどこか遠くで死んで手編みのセーター重いって言ったくせに着てるよねあの子から貰ったものはやさぐれた魔女の花占い 嫌い嫌い嫌い嫌い大っ嫌いストレス解消のゲームがストレスになってるので寝る!リセット→君との【悲報】泥棒猫と罵られました君の浮気のお相手さんに妖精のシュガースティック 目に映るすべてを殴る砂糖が散る 綺麗05Jan2017短歌
錵(にえ)「古い血は全部、出し切りなさい。躊躇っちゃだめ。一気に掻き切るのよ」 そう言うと女は私の髪を撫でた。冷たい指だった。火照った私の耳に女の指が触れるたび、痛みに似た刺激が走った。まるで体のいちばんやわらかな場所を鋭利な刃物で刺されたようだった。だがそれは不快ではなかった。痛みのあとに見えない傷口から何かが広がり、溶けていく。天井の黒い染みを見つめたまま、私は女に撫でられ、傷つけられ続けた。 私たちは死ぬつもりだったのかもしれない。生きるつもりはなかった。未明の街を、闇の濃い道ばかりを選んで歩いた。夜から夜へと、あてどなく歩き続け、その一足ごとに世界からはぐれていく。 夜の海を目指していた筈だった。夢を見るように、夢に溺れるように、夢を...04Jan2017散文
凍る世界/B面眠れずに迎える朝の血の痛み あなたは夢の中にいますか食べるなら残さないでね殺してねちゃんとあたしをあたしのままで神様はたぶんかじかむ指先で胸を盛ったの デコピンの刑草むらに潜んで君の足指に噛みつく桃の眼をしたあたし水彩で「死にたい」と書き塗りつぶす 空か海かもわからない青星の名を教えてくれるその声で名前を呼んで夜に刻んで手の中の花影ぎゅっと握りしめあなたを好きなわたしでいたいこんなにも長い夜なら仕方ない 君があたしの名前呼んでも角材で殴りたいけど持てなくて氷雨に濡れた私は素手だ04Jan2017短歌
凍る世界/A面夏のすべてを忘れてもホットドッグの匂いがするんだ君の髪から冬の床ぺたぺた歩く泳げないペンギンだから炬燵に潜る鳥たちの凍る世界で泣いている 笑い声かもしれない、あれは動物のスリッパどれを買おうかと悩んで何も買わずに帰る足指の隙間はいつも丁寧に洗う毎朝くすぐられるし「そいつらをみんなまとめて芋虫に変えたげるから眼を閉じなさい」撃ち放つその瞬間に砕け散る硝子の銃の破片で君を付箋貼る指先見てた飛ばされてわからなくなるいつかすべてが「切腹ね」と迫るお前の夢を見て毛布を少し多めに掛ける04Jan2017短歌
雨の化石 恋人が湯船に沈んでもう1時間になる。日9ドラマが終わり、CMが流れる時間になっても浴室は静まり返ったままだ。今日こそ溺れたのかもしれない。42インチの液晶テレビでは吸血鬼がウィスキーを飲んで幸せそうに笑っている。銀紙を剥がしてチョコレートを口に放る。少しくどい甘さがいまは心地いい。リビングデッドに必要なのは人間の肉ではなくクランチチョコなのだ。それは断然そうなのだ。 濡れた足音が近づいてくる。暗がりで聞いたら思わず息を潜めてしまいそうな音。ホラー映画で主人公に忍び寄る何者かの気配。「ねえ、また体を拭かないで出てきたでしょ」 振り返って恋人を睨む。恋人は濡れそぼった髪と痩せこけた体を晒して「ん」と曖昧に答える。髪先と指先から滴が落ち...04Jan2017散文